回り道こそが、私を台湾大学へ導いてくれた。ある留学生の挑戦の物語

只石怜奈
学士:
国立台湾大学 経済学部
すべての始まり:中国語学習への道
中国語との出会い
高校を卒業するまで、私は家族とともにずっと大阪で暮らしていました 。高校生の時、たまたまYouTubeで好きな俳優が中国語を話しているのを見かけたのが、中国語に初めて興味を持ったきっかけです 。その発音やイントネーションがすごくきれいで、それまでに学んだどの言語とも全く違っていて、聞いただけで「学びたい!」と思いました
日本にも中国語の先生は多くいるが、彼女はすぐに「海外で学びたい」という気持ちを抱くようになった。もっと深く言語を習得したいという思いと、異なる文化や生活を体験したいという思いがあったからだ。
台湾を選んだ理由
日本にも中国語の先生は多くいますが、私はすぐに「海外で学びたい」という気持ちを抱くようになりました 。もっと深く言語を習得したいという思いと、異なる文化や生活を体験してみたいという思いがあったからです 。
その頃、いろんな情報を調べました。言語環境が整っていて、生活もしやすい場所を探していたんです 。最終的に台湾を選んだのは、中国語が広く使われているのはもちろん、生活の雰囲気も安心できると感じたからです 。また、台湾では日本と同じアプリが使われていることも多く、そうした点でも親しみや安心感を覚えました 。
コロナ禍の回り道:アルバイト生活で得たもの
突然の計画変更
すべての準備が整い、いよいよ出発というとき、突如としてパンデミックが発生し、私の計画はすべて狂ってしまいました 。当時は大きな衝撃でしたが、今となっては笑い話です 。逆に、もっと準備する時間ができたと考え、何より変化に柔軟に対応する力がついた気がします 。
パンデミックの中でも、私は中国語を学ぶという夢をあきらめませんでした 。将来の学費や生活費を賄うため、アルバイト生活を始めたのです
熊本の温泉旅館での挑戦
最初の仕事は、熊本県にある黒川温泉の旅館でした 。仕事の内容は、お客様の接客や着物の着付けの手伝い、和食の紹介、そして部屋の掃除などです 。この経験を通じて、仕事のスキルだけでなく、人との関わり方も学びました 。ただ、その旅館は山間部にあり、寒さが苦手な私には気候が厳しく、契約期間が終わると更新せずに次の仕事を探すことにしました 。
石垣島の民謡居酒屋にて
その後、私は石垣島の民謡居酒屋で働き始めました 。しかし、パンデミックの影響でお店は閑散としており、客足が少なくなったため、契約を更新することはできませんでした 。
沖縄での再発見の時間
その後の一ヶ月間は、沖縄にあるおばあちゃんの家に戻り、家族と過ごしました 。その間、叔父の家の庭の壁に壁画を描く作業を手伝いました 。構図から色塗りまで、兄弟や従兄弟にも手伝ってもらいながら取り組む過程は、とても楽しい時間でした 。また、おばあちゃんに勧められて沖縄の伝統楽器「三線」の練習も始めました 。少しずつ簡単なメロディーが弾けるようになり、沖縄の文化への理解と繋がりを深めることができました 。
安定した仕事はありませんでしたが、家族とより近くなれ、改めて自分の故郷や文化を見つめ直す、とても貴重な生活体験でした 。
大阪での新たな学び
パンデミックの影響がまだ深刻だったため、私は最終的に大阪に戻り、抗原検査センターでボランティアとして活動しながら、「17 LIVE」という配信プラットフォームで収入を得ていました 。その後、COVID-19に感染してしまい、自宅で療養するしかなく、ほとんどの時間を17 LIVEに費やしていました 。
療養期間中、両親が頻繁に肩や腰の痛みに悩まされているのを見て、大変さを強く感じ、マッサージを学ぼうと決心しました 。資格取得を目前にし、マッサージ店で働こうと考えていた矢先のことでした


いよいよ台湾へ:台湾師範大学での学び
突然の吉報
台湾への渡航はさらに1年延期になると思っていたところ、思いがけず台湾政府から奨学金提供の連絡があり、すぐに台北へ行くことが決まりました 。すべてが突然で、あっという間に私の中国語学習の旅が始まったのです 。
充実した語学学校生活
台湾で中国語を学ぼうと決めた当初から、私はさまざまな語学学校の情報を調べていました 。最終的に選んだのは、台湾師範大学の国語教学センターです 。ここは教え方がとても体系的で、学生のレベルに合わせてクラス分けをしてくれるので、自分に合った課程で着実にステップアップできました 。
日常の授業に加えて、「Large Class」と呼ばれる補助講座もあり、中国語の歌や早口言葉、映画鑑賞などを通して、楽しく学習を続けられました 。こうしたプログラムのおかげで語学力が伸びただけでなく、さまざまな国から来た友達もでき、一緒に遊びに行ったりして、たくさんの素敵な思い出ができました 。
この期間は読書をしたり、自分の将来について考えたりする時間も十分にありました 。台湾は言語を学ぶだけでなく、現地の文化に深く触れ、教科書にはない多くを学べる場所です 。


目標設定:台湾大学経済学部への挑戦
経済学への興味と決意
台湾での1年間の中国語学習期間中、私はさまざまな分野の本をたくさん読みました 。しかし、多くのことに興味を持つ中で、経済だけはどう読んでも腑に落ちない部分がありました 。「社会はどう動いているのか?経済はこの世界にどんな影響を与えているのか?」そんな疑問が頭から離れませんでした 。このもどかしさが、私に台湾大学の経済学部を目指すきっかけを与えてくれたのです 。
日本での準備期間
しかし、数学を学んだのはかなり前のことで、履歴書もまだまだ未熟だったため、語学学校を終えた後、一度日本に戻ることにしました 。その間、私は決して立ち止まりませんでした。自らウェブサイトを立ち上げて台湾での生活を記録し 、また、無料のオンライン台日交流会を自主的に開催しました 。最初は、自分と同じように言語を学ぶ人の助けになればと思って始めただけでしたが、この活動は、自分の中国語を大きく伸ばし、イベント運営を学ぶ良い機会にもなりました 。こうして日本での時間を過ごしながら、私は自分の進みたい道を築き、台湾大学経済学部への夢を実現させました 。
台大での留学生活シェア
台湾大学経済学部在学中 : 始まったばかりの不安と現実
再び台湾に来たとき、私は少し不安を感じていました 。四人部屋の寮生活に馴染めるか、自分の中国語力で友達を作れるか、心配だったのです 。しかし、そうした心配はすぐに消え去りました 。四人部屋はとても良い環境で、ルームメイトだけでなく隣の部屋の学生とも仲良くなれました 。一緒に授業に行き、遊びに出かける生活はとても豊かでした 。
言葉の壁を越えて
言葉の不安も、台大の台日交流会に参加したことで徐々に消えていきました 。そこには、私と同じように中国語が苦手な日本人学生も、日本語が苦手な台湾人もいて、皆が自然に交流していました 。今はネットやAIも発達していますし、みんな英語も少し話せるので、問題はすぐに解決できます 。
大学で学ぶ意味と自己探求
私が大学に進学したかったのは、経済への疑問を解消したいだけでなく、人間関係においてもっと深みのある表現ができるようになりたいと思ったからです 。大学は、知識だけでなく、人との付き合い方を学ぶ場所でもあります 。
学期中は興味を持ったアルバイトに挑戦し、長期休暇には友人と海外旅行に出かけています 。2024年の夏休みには、日本の京都の山で10日間の瞑想を体験しました 。そこでは話すこともスマホを使うこともできず、ただ今この瞬間に集中することで、頭が完全にリセットされました 。今年の夏休みも、タイの山で瞑想をする予定です 。
未来に向けて:挑戦し続ける
気づけば、もうすぐ3年生。将来の方向性を考える時期です 。もしもっと深く探求したい分野が見つかれば進学を、そうでなければ就職を選ぶと思います 。ただ、以前やった仕事ではなく、新しいことに挑戦したいです 。
私は常に「やりたいことはやってみる。危険がなければ、とにかく挑戦する」という原則を持っています 。私にとって、挑戦する過程は自分をより深く知る機会です 。心地よい場所から一歩踏み出すことで、人は成長し、より成熟した自分になれると信じています 。

佐藤呂香
- 2025 NTU International Mentorship Program
- 国立台湾大学 経済学科